東京高等裁判所 昭和28年(ネ)203号 判決
被控訴人は控訴人にたいし、金四十万円およびこれにたいする昭和二八年一〇月二三日から支払ずみにいたるまで、年五分の割合による金員を支払うべし。
控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
この判決は、控訴人勝訴の部分にかぎり、控訴人において金十万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。
二、事 実
控訴代理人は、原判決を取消す、被控訴人は控訴人にたいし、金四十万円およびこれにたいする昭和二六年三月三〇日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払うべし、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とす、との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用および認否は、控訴代理人において、本件建物につき設定された訴外日本相互銀行にたいする債権元本限度額二十万円の根抵当権はすでに消滅していると述べ<立証省略>、被控訴代理人は右控訴人の主張事実を否認し<立証省略>たほか、原判決事実らんに記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
三、理 由
控訴人が昭和二五年八月中、被控訴人からその所有するという本件土地、建物(東京都新宿区西大久保一丁目四九三番地の二、宅地百五十坪および地上にある家屋番号同町四九三番、木造瓦葺平家建居宅一棟建坪三十坪五合)を買受けることを約し、同月金四十万円を支払い、右建物につき、同月二九日、所有権移転登記を受けたことは当事者間に争がない。
控訴人は右売買は土地の代金を九十万円、建物の代金は金四十万円と各定めたもので、右弁済をした金四十万円は建物代金であつたから右のとおり建物所有権の移転登記がなされたものであると主張し、被控訴人は右売買は土地建物をまとめて代金百三十万円と定めたものであり、控訴人から支払のあつた金四十万円は手附金である、(被控訴人の主張の全趣旨によれば被控訴人はこの手附を違約手附と主張するもののようである)、建物について所有権移転登記をしたのは控訴人が昭和二五年八月二九日中に残金を支払うというので、一応右登記に必要な書類を控訴人に交付したところ、控訴人は右残金を支払はず、かつ、被控訴人の同意をえないで右登記を完了してしまつたものであると争うのでその当否を検討するに、
原審証人酒井エンの証言と原審(第一、二回)および当審における控訴人本人の供述とをあわせると、控訴人は昭和二五年八月二〇日すぎごろ被控訴人にたいし本件土地建物を買受けたいと申込んだところ、被控訴人は即日口頭で、土地百五十坪は一坪につき金六千円の計算で金九十万円、建物約三十坪は金四十万円で、この代金合計金百三十万円をもつて売却することを承諾し、これら物件の所有権移転登記は代金支払と同時にすることを約したので、これにもとずき前記の金四十万円の支払および所有権移転登記がなされた次第であることが認められる。(ただし、この金四十万円支払の事実と登記の事実とは前記のとおり争がない。)
原審証人蔡欽山、黄貴代および被控訴人本人は原審においていずれも、本件売買代金は土地建物を別にせず、まとめて金百三十万円と定めたものであり、手附金四十万円の約であつた旨述べているけれども、この供述は前記の証拠と対照し、容易に信用できない、
また成立に争のない甲第一号証(昭和二五年八月二八日附売買契約証)を見ると、同証書には、本件土地建物の売買について被控訴人主張のとおりの記載があるのでこれを検討するに、成立に争のない甲第二号証、原審証人佐藤美雄、酒井エン、田中利喜三の各証言、当審における控訴人本人の供述をあわせると、控訴人は後記のように昭和二六年二月中、本件売買契約を合意解除して後、被控訴人に本件建物所有権を返還するため、被控訴人名義に右建物所有権移転登記をすることとなつたが、被控訴人は台湾人であつて、昭和二四年三月一五日、政令第五一号外国人の財産取得に関する政令第三条により、外国人が不動産を取得する場合、個人用住宅については外資委員会の認可を要しないが、この認可申請不要の証明書を要するので、その発行を取扱つている日本銀行為替管理局外資課で右証明書の交付を求めたものであるが、右甲第一号証は、右手続に必要な書類として、甲第二号証(内金四十万円の領収証)甲第三号証(本件建物売渡証)とともに作成することとなつたものであり、この甲第一号証は控訴人において訴外田中利喜三から活字で印刷してある契約証書用紙二通をもらいうけてこれを被控訴人に交付し、被控訴人が独断でその主張のごとき売買代金額手附金、その他年月日の各数字を記入し、各自署名押印したもので、作成日附は、「昭和二五年八月二八日」と記載されているがこの日附のころ作成されたものではない、のみならず、甲第二、三号証もまたこれと同時に被控訴人において作成したものであるが、右甲第二号証には金四十万円は内金として領収する旨の記載があり、必ずしも甲第一号証の記載と一致していないことが認められる。被控訴人は当審において、甲第一、二号証は昭和二五年九月はじめごろ作成したもので、甲第一号証の案文は控訴人が書き、自分はこれに署名押印したにすぎないと述べているが、この供述は前記各証拠と対比して信用がおけない、甲第一号証は前述のように特殊な目的のために契約後半年もたつてから作られたものであるから、これによつて被控訴人主張事実を認めて前段の認定をくつがえすことはできない。
つぎに、本件売買契約がその後昭和二六年二月上旬か三月中旬に当事者間の合意によつて解除されたことは本件当事者間に争がなく、本件において、控訴人はこの解除により、さきに支払つた代金四十万円の返還を求めるものであるところ被控訴人は合意解除に際して右四十万円を返す約束をしたことはないと主張するのでこの点を案ずるに、契約を合意で解除する場合には解除の結果をして残るところの不当利得の関係をそのまま存続させることは、合意解除という、契約がされなかつた状態にしようとする行為とムジユンすることであるから、なんらか特段の事情なきかぎり、解除の当事者はたがいに原状回復を為す義務を負う趣旨でこれをしたものと解すべきところ、原審証人酒井エンの証言と前記控訴人の供述とを総合すると、控訴人は建物代金を支払つたときにこの支払と同時に自己の居宅を売却し得る金円をもつて土地代金の一部をも支払う予定であつたがその売却が思うように行かずのびのびになつていたところ、昭和二五年一二月中、被控訴人から、「土地代金が払えなければ金をかえすから家をもどしてくれ、」とさいそくされたが、そのころ控訴人としては同日中に自己の居宅の売却代金の内金五十万円を受け取れるみこみであつたところから、被控訴人にたいし、右金五十万円を土地代金に内入弁済することを約したが、結局右居宅の売却は破談になつた、そこで控訴人は昭和二六年一月初め、被控訴人にたいして、同年二月一〇日頃までに土地代金を支払いたい、もし支払えないときは契約を解除したい旨申込んだところ、被控訴人は、「建物価格は上つているから損はない」といつてこれを承諾したが、控訴人は結局金円の都合がつかなかつたので、ここに本件土地建物の売買は控訴人と被控訴人との合意によつて解除されたもので、これについてなんらの条件もついていなかつたと認められる。もつとも、被控訴人は、被控訴人が本件建物を売却したのは、当時金員の必要にせまられていたためであり、控訴人が残代金を支払はぬため、被控訴人は他から高利の金融を受け、多大の損害を被むつたのみならず、控訴人は昭和二五年一〇月三日、本件建物につき、訴外日本相互銀行(当時の名称日本無尽株式会社)のため、債権元本限度金二十万円、利息年一割二分の根抵当権を設定し、その旨の登記をへており、いまだその抹消登記をしておらず、同会社から抵当権の実行を受けるときはさらに損害をこうむるから、控訴人に金四十万円を支払うことを承諾するはずはないと主張し、前記証人蔡欽山の証言および当審における被控訴人本人の供述によれば、被控訴人は本件売買当時、新事業のため多くの資金を必要とし、訴外蔡欽山から度々金融を受けたことが認められ、また控訴人が本件建物につき、被控訴人主張のような根抵当権の設定登記を受けたことは控訴人の争はないところであるが、これらは前段の認定をさまたげるほどの事情とは認められない。
また、原審証人蔡欽山、原審および当審における被控訴人本人はいずれも、この契約解除について被控訴人は金四十万円を控訴人に返還するといつたことはない旨を述べているけれども、前記証人酒井エンの証言、控訴人本人の供述に対比して信用することができない。
さらにまた、控訴人が被控訴人から本件建物を買受け、その所有権を取得した後、訴外日本相互銀行のため、債権元本限度金二十万円、利息年一割二分の根抵当権を設定し、その旨の登記をしたことは当事者間に争がなく、前記被控訴人本人の供述によると、被控訴人は控訴人から本件建物の返還を受けるについて右登記の抹消を求めていたことが認められるのであるが、このことによつては被控訴人が金四十万円を返還しないことを条件として本件契約を合意解除したとは認められない。
つぎに成立に争のない乙第三号証の一、二を見ると、これらの書面には控訴人は昭和二六年三月五日本件建物所有権を被控訴人に無償で譲渡する旨の記載があり、これと被控訴人との供述とをあわせると、控訴人は本件建物代金の返還を受けない条件で本件契約を解除したかのような疑があるのであるが、前記証人佐藤美雄の証言と原審における控訴人本人の供述(第一回)とをあわせると、これら書面は前記のように日本銀行為替管理局外資課から外資委員会委員長の許可申請不要の証明書の交付を受けるために、同課員佐藤美雄から教えられて、事実にそわないことを形式的に記載した書面にすぎないことが肯定されるから、これらの書面によつては控訴人が被控訴人にたいし本件建物代金返還を求めないことを条件として本件契約を解除したとは認めがたい。
こういう次第であるから、本件売買の合意解除によつて、被控訴人は控訴人にたいして金四十万円を支払い、控訴人は被控訴人にたいして本件建物の売買当時の状態において所有権移転登記をして売買以前の状態にもどすべき義務を負うものであり、この双方の義務は、合意解除という一個の行為から生じた債務であつてたがいに関連あつて、同時履行の関係に立たせることが公平にかなうものであること、解除権の行使による原状回復義務におけると同様であるから、民法第五四六条を類推適用するのが相当である。ところで控訴人が被控訴人にたいし、本件建物につき、昭和二六年三月二二日所有権移転登記をしたことは被控訴人の認めるところであるが、控訴人はその以前たる昭和二五年一〇月三日訴外日本相互銀行にたいし、本件建物につき前記のとおり根抵当権を設定しその登記をしたものであるから、この根抵当権の設定により、被控訴人の所有権が制限されている以上、控訴人は被控訴人にたいし、完全に契約解除による原状回復のための控訴人の義務をつくしたものとはいえないところ、当審証人塚田朝春の証言および当審本人尋問における控訴人本人の供述によると、控訴人は前記所有権移転登記後、昭和二八年一〇月二三日以前において右債務を弁済して抵当権を消滅させたことが認められる(ただ抵当権登記抹消登記がされたか否かはこれを明にする証拠がないが、すでに所有権移転登記がされた後では、この抹消登記権利者は被控訴人であるから、抹消登記未済であつても控訴人の義務不履行とはならない)控訴人はこの時においてはその義務を完全に履行しているものと解せられる、したがつて被控訴人はおそくとも同日において、控訴人からの建物代金返還請求にたいする同時履行の抗弁権を失い、代金返還について遅滞におちいつたと認められるのである。
よつて控訴人の本訴請求は、右金四十万円およびこれにたいする、昭和二八年一〇月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金円の支払を求める部分は正当であるからこれを認容すべきも、その余は失当であるから、これを棄却すべきものである、
以上のとおりであるから、控訴人の本件請求を全部棄却した原判決は右の限度において失当であるからこれを変更し、民事訴訟法第三八六条第九六条第八九条第九二条により主文のとおり判決する。
(裁判官 藤江忠二郎 原宸 浅沼武)